日本の航空機観測の中核的拠点の構築

航空機観測の利点である、地上観測の無い地域における観測や機動的な観測は、地球表層圏の水・物質循環研究、特にエアロゾルの直接観測やエアロゾルと雲の相互作用、台風の発達過程の研究等においてブレークスルーとなる成果が期待できます。

一方で、航空機観測はコストの面や航空機に観測機器を搭載するための技術的なノウハウの必要性などが研究推進の妨げとなっており、国内の航空機観測拠点である県営名古屋空港に近いという地の利を活かした航空機観測を積極的に推進してきた実績をもつ名古屋大学への期待が日本気象学会等から寄せられています。本センターでは航空機観測の中核的拠点を構築し、国内の航空観測研究の取りまとめや観測機器の航空機搭載技術を受け持つことにより、効率的かつ航空機観測実験に参加しやすい環境を整える計画です。

「豪雨と暴風をもたらす台風の力学的・熱力学的・雲物理学的構造の量的解析」

台風は日本を含む東アジア地域に大きな風水害をもたらします。台風による災害の軽減や避難の実施のためには、台風の強度を正確に推定し予測に反映させることが不可欠です。特に近年、地球温暖化に伴う台風リスクの増大が懸念され、精度の高い台風の強度推定と予測の必要性が高まっています。

しかしながら、台風の強度については、その予測だけでなく、強度の推定値にも大きな不確実性が含まれているのが現状です。これは海上における観測データがきわめて少ないからであり、また、台風強度をコントロールするメカニズムに量的な未解明点があるからです。これらの問題を解決するために、名古屋大学宇宙地球環境研究所の附属飛翔体観測推進センターは、航空機を用いた台風の直接観測を実施します。航空機から「ドロップゾンデ」と呼ばれる温度、湿度、気圧、風向・風速を測定する装置を投下し、台風周辺の大気構造を観測します。これを名古屋大学で開発している台風のシミュレーションモデルと組み合わせることで、台風の強度を精度よく推定し、台風の予測の高精度化を目指します。さらに、名古屋大学の降水レーダ、雲レーダ、顕微鏡を搭載した気球、およびドローンを用いて、台風の雲や降水、エアロゾルなどの台風の強度をコントロールするさまざまな大気中の粒子を観測し、シミュレーションモデルの高度化を図ります。この研究は今年度から5年間(2016~2020年度)に渡って、琉球大学、気象研究所、台湾の国立台湾大学、台湾中央気象局と共同で実施します。

「乾燥・半乾燥地域における降水強化に関する先端的研究」

世界最高水準の雲生成チェンバーを用いてエアロゾルの物理化学特性(雲核能・氷晶核能を含む)の把握とその雲微物理構造に及ぼす影響に関する実験的研究や、エアロゾル・雲・降水を総合的に観測可能な世界屈指の計測装置群を搭載した航空機を用いてエアロゾルの雲・降水影響に関する観測的研究を行っています。こうした観測・実験の結果をもとに、エアロゾル・雲・降水統一気象モデルを開発し、最先端の人工降雨研究や、エアロゾルの雲・降水影響を通した天気予報や気候変動予測の精度向上に貢献していきます。

ドローンを用いた大気海洋の観測

波しぶきはその一部が大気中で蒸発し、大気に水蒸気とエアロゾルを供給します。これらが雲の発達過程に影響し、その結果、台風の構造や強度が変わります。そのため波しぶきの効果を雲解像モデルに取り入れる必要があります。

しかしながら波しぶきの粒径や数濃度などの特性が分かっていないので、観測からこれらのデータを得る必要があります。海上の波しぶきの観測は容易ではありませんが、その一つの方法として、ドローンにより雲粒子ゾンデを吊り下げて観測する方法を考案しました。2016 年8 月に沖縄県多良間島で、ドローンの飛行試験と雲粒子ゾンデを吊り下げた観測実験を実施しました。まだ小さい風速の範囲ですが、これにより波しぶきの粒子を観測することに成功しました。  また、海上の風や波についてもドローンを用いて観測する手法を研究しています。これらの観測は人工衛星では観測が困難な沿岸域付近のデータを取得することに貢献します。

地球観測衛星の推進

地球観測衛星を用いた雲降水システムの研究を行っています。この研究では主に熱帯降雨観測衛星(TRMM)や全球降水観測計画(GPM)搭載のレーダを用いた降水推定手法の検証として、TRMM搭載の降雨レーダ(PR)およびGPM/搭載の二周波降水レーダ(DPR)の推定する雨滴粒径分布の検証を行っています。また、将来の降水観測衛星の検討としてTRMMのend of mission時の特別観測のデータを解析し、走査幅拡大や高分解能化の検討を行うとともに将来計画を策定しています。

衛星観測データの同化・検証によるアジア沿岸の海洋環境監視

地球温暖化や気候変動に伴う地球環境変化の把握や関連する大気海洋相互作用現象の理解のために大気海洋間の熱・運動量・淡水フラックス(海面フラックス)を全球規模で観測的かつ定量的に把握する必要があります。我々は多数の人工衛星による観測データの利用や先進的な推定手法の開発を通して全球海面フラックスのデータセットJ-OFURO3を構築し公開しています。またJ-OFURO3を利用した気候変動に伴う海面フラックスの長期変動の研究や、CYGNSSなどの新しい観測技術を利用した台風時の海面フラックス推定についての研究を実施しています。

衛星観測データの同化・検証によるアジア沿岸の海洋環境監視

JAXA-EORCが静止軌道気象衛星ひまわり8号(海面水温観測、解像度2km、頻度10分毎)の運用を2015年8月に開始し、2017年12月には気候変動観測衛星しきさい(GCOM-C海色観測、解像度250m~1km、頻度約3日毎)の打ち上げ・軌道投入に成功しており、海洋の高解像度・高頻度観測において日本のリーダシップと国際貢献が期待されています。

本研究では、外洋から沿岸海洋までのシームレスな環境解析を推進するために、台風の発生源である西部熱帯太平洋および海洋環境監視の重要性が高まっている東南アジア海域の両方において3次元海洋再解析プロダクトの整備を進めています。JAMSTECが局所アンサンブル変換カルマンフィルタ(LETKF:20メンバー)に基づく3次元海洋同化システムを提供しています。また、衛星海色データ検証用に有明海に、太陽と海表面の分光放射輝度を同時かつ連続的に測定する測器を設置し、世界の研究者と共有するシステムAERONET-OCに貢献しています。

宇宙科学探査計画への適用を目指した超小型衛星標準バスの検討・開発

将来の実証的宇宙科学における探査衛星計画を主導するため、探査機として適用する事が可能な100~200 kg級衛星の標準バスの検討・開発を推進しています。

過去の宇宙探査計画における理学観測機器の開発実績が豊富なメーカーと協同しつつ、日本宇宙航空研究開発機構の理学・工学研究者との議論を軸に、通信・電源・姿勢監視/制御用の標準バスコンポーネントの策定と衛星構造の基本設計、衛星姿勢・軌道制御用推進系の概念設計、モデル理学観測計画を想定した所定軌道への打ち上げ方法の検討、宇宙放射線環境レベルの見積と衛星標準バスシステムへの適用性の確認、等を行っています。観測用アンテナやマストと呼ばれる伸展構造物の搭載にも対応できるように、また、近地点上昇や複数衛星の編隊飛行形態変更などの軌道修正、及び高度な理学観測要求に応えるための姿勢変更・精密制御も実現できるように、多面的な検討を統括しつつ、新しいクラスにおける衛星標準バスを開発しています。

50kg級超小型衛星ChubuSatの開発

超小型衛星は、開発費用を大幅に低減できるため、大型衛星ではリスクが高すぎる先進的・萌芽的技術に基づいた観測機器を短期間に開発・搭載し、軌道上で検証することが可能となります。

また、費用の低減によって、人工衛星の新しい産業利用を生み出すことが期待できますので、航空宇宙産業の中心地である中部地方の活性化に大きく寄与することを目指しています。 すでに1号機が2014年11月に打ち上げられました。本センターでは、2016年2月17日に打ち上げられた太陽中性子観測を目的の一つとする2号機の開発に寄与しました。

飛翔体観測機器に最適化した集積回路の開発

飛翔体観測推進センターで開発した集積回路を使用する半導体センサーの写真。左からX線衛星「ひとみ」硬X線撮像検出器のシリコン・センサー(ISAS/JAXA提供)、軟ガンマ線検出器のテルル化カドミウム・センサー(ISAS/JAXA提供)、太陽フレア観測ロケット「FOXSI」硬X線撮像検出器のシリコン・センサー(SSL/UCバークレー提供)、ジオスペース探査衛星「ERG」高エネルギー電子分析器のシリコン・センサー(ISAS/JAXA提供)

人工衛星や気球などの飛翔体観測機器に共通した課題の一つは、電源容量や排熱の制限に対処するための電子回路の省電力化です。その最も有効な方法は、必要な機能をすべて搭載した集積回路を開発することです。本センターでは、観測機器に頻繁に使用される半導体センサー用の多チャンネル・低消費電力・低雑音・高機能集積回路を開発してきました。低消費電力と低雑音は一般に両立が困難ですが、要求に合わせて最適化することで、限界性能を引き出しています。また、多チャンネル化・高機能化で、電子回路の部品点数を低減できるため、観測機器の小型化にも貢献しています。本センターで開発した集積回路は、JAXAのX線衛星「ひとみ」の硬X線撮像検出器や軟ガンマ線検出器、JAXAのジオスペース探査衛星ERGの高エネルギー電子分析器、NASAの太陽フレア観測ロケットFOXSIの硬X線撮像検出器、NASAの太陽フレア観測気球実験GRIPSのゲルマニウムコンプトンカメラなどで活用されています。現在は、光センサー用の多チャンネル・低消費電力・高速・高機能集積回路を開発しており、近い将来打ち上げを計画している超小型衛星に搭載する太陽中性子観測機器に活用する予定です。